旅に出ると意外とマジメに写真撮ってます。 美味しいもの食べたり、馬券買ったりしてるだけじゃないんです。 まあその通りなんですが・・・。 いやいや、やる時はやる男ですぜ。 というわけで、今回の帯広の旅で ... ロリータ18号の結成30周年ライブを観てきました。 この日の対バンは超絶豪華。 トップバッターは大槻ケンヂ。オーケンですよ。オーケン。いやー、面白かった〜。 弾き語りでしたが日本印度化計画を聴けて感動 ... ジュウジュウズのヨシミ嬢と打ち合わせがてらイタリアンバーへ。 そこでワインとオリーブを注文。そしたら頼んでない生ハムも一緒に運ばれてきた。 店員さんに注文してないことを伝えると、この生ハムはお通し ... 珍しく午前中からリハ。 猛暑の中スタジオへ向かって歩いてると、後ろから警官が来てることに気付いたんですね。 怪しいやつでも追ってるのかな?こんな暑い中に警官も大変だなと思っていたら、声をかけられたのは ... ただいま2019年12月31日23時。 2019年も残り後1時間となりました。 令和元年の締めくくりは1人年越し焼肉です。 焼肉食べながら今年を振り返ってみますと、今年も色々と活動しました。 D-Br ... アルバムチャレンジ3日目。 【アルバムチャレンジ】 Challenge accepted! ダラダラと書いていた台北の旅行記を書き終え、GoProの事やジミー号のフロントガラスの記事も書いた。さて、そろそろ年末年始の旅行記を書き始めようかと思い、今朝PCの電源を入れ、Yahooニュースのトップに目をやった瞬間に体が固まった。 ドラム ニール・パート氏死去 カナダで最も偉大なバンド、RUSHのドラマー兼作詞家のニール・パートが1月7日に脳腫瘍で亡くなった。67歳だった。要塞のような360度ドラムセットに囲まれるニール・パート。 RUSHは自分が一番好きなバンド。ドラムプレイはもちろん、彼の手掛ける詩やアルバムコンセプトの深さに、大学の時から本当にのめり込んでいた。日本にいた時は学生時代からの仲間とRUSHコピーバンドをずっとやっていたし、2004年には彼らの30周年記念ライブ、R30を観にはるばるアメリカまで行ったものだった。彼らは2015年に事実上の引退をしており、残りの二人はSNSやニュースでも見かけるが、ニールに関しては一切の情報が入って来なくなった。元々非常に生真面目でプライバシーを重視する方だったので、表に出ることが少なかったし、引退して完全に普通の人として暮らしているのだろうと思っていた。今回、彼の訃報に接し、改めて彼らの偉大さと、若かりし頃から彼らにとても大きなものを教えてもらった事を痛感した。 さらば哲人、ニール・パート。安らかにお休みください。そして、本当にありがとうございました。 自分のRUSH愛について書き始めたら1日経っても書き終えることは出来ないと思うので、せめて自分たちの昔のリハーサル映像でもアップして、お悔やみとさせて頂こう。 それと、個人的に大好きなXanaduの映像も。 ※Neil Peartの発音は本来ニール・ピァートと言うのが正しいようだが、敢えて日本で一般的なニール・パートと書かせて頂きました。
2020年1月7日。カナダの伝説的バンド僕にとってヒーローの1人だったニール・パート。僕は現在、変拍子とかわけのわからないことやってるけど、そのルーツはプログレッシブ・ロック。そのプログレにハマったキッカケがRUSH。というか、ニール・パート。学生時代に偶然見たニール・パートの映像がRUSHのライブビデオ360℃のドラムに囲まれているニール・パートを見て雷が落ちたような衝撃を受けた。独特なフォーム。要所要所にエレドラを入れるセンス。強引なのに正確な超高速シングルストローク。完璧なスティックコントロールとボリュームコントロール。そして何より、こんなドラマーがいるのかと一目惚れ。それからCDを全部購入した。しかしRUSHはアルバムの数が多くて大変だった。その時点で、すでに20枚弱のアルバムを出していたから。貧乏学生には辛かったけどRUSHの音楽を聴けるのは喜びだった。そして、RUSHを知るキッカケとなったビデオ版のA Show Of Hands。このビデオが欲しくてCDショップを探し回ったけど売ってない。問い合わせしても入荷しないとのことだった。でも、どうしても入手したかった。そしたら偶然アメリカへ行くことになり、ロスのCDショップでVHSを購入することができた。発見した時は本当に嬉しかった。人に貸したら帰ってこなくなったが・・・。RUSHは1984年に来日して依頼、一度も日本には来ていない。ずっと待ってたけど結局来なかった。カナダへ行こうと思っていた時期もあったけど残念ながら実現しなかった。やはり行くべきだったと後悔。ライブでも音源と同じ演奏をするのがRUSHのポリシー。そのためにライブで披露するために何億回と練習したであろう完璧なプレイ。だから、ファンもみんなニール・パートの演奏をマネすることができた。これ見てくれよ。みんなエアドラムやるんだぜ。会場にスティック持ってくんだぜ。こんなドラマーいないよ。ニール・パートありがとう! — 山岡大佐 (@of_5_t) 元々ハードロックバンドだったRUSHに知性を与えたのは間違いなくニール・パート。彼の歌詞や哲学がRUSHを変えた。そして、世界有数のプログレッシブバンドへ成長した。ニール・パートは世界中のドラマーに影響を与えた。後にネオプログレとして不動の地位を築くドリームシアターの(元)ドラマー マイク・ポートノイは、当初からRUSHやニール・パートが好きだと公言していた。メタリカのラーズ・ウルリッヒもそうだ。他にもニール・パート好きなミュージシャンは世界中にいる。そんなニール・パートの逸話はたくさんありすぎて書ききれない。いずれ僕のラジオ番組『山岡大佐のグッドイブニング東京』でもRUSHとニール・パート特集を行おうと思っている。これを書いていても涙が出てくる・・・。本当に今までありがとう。お疲れ様でした。RIP Neil Peart. ニール・パートさん死去 67歳 「ラッシュ」ドラマー 米国の音楽誌で「史上最高のドラマーの一人」とも称され、カナダの3人組ロックバンド「ラッシュ」で活躍したニール・パートさんが7日、脳腫瘍(しゅよう)のため米カリフォルニア州サンタモニカで亡くなった。 ラッシュのドラマーであるニール・パートが7日、脳腫瘍のため亡くなった。67歳だった。一度きりの来日公演は見逃してしまった為、遂に生で演奏を見ることは叶わなかっ… 「ニールがオーディションに来た日、彼の前に3人、彼のあとに1人いて、全部で5人だった。 最後の男は2時間も運転してやって来たのだが、ニールのあとにこの男のオーディションするのは非常に気まずかったね」と、2016年に(ゲディ・)リーが当時を振り返っていた。 ラッシュのドラマーであるニール・パートが7日、脳腫瘍のため亡くなった。 67歳だった。 一度きりの来日公演は見逃してしまった為、遂に生で演奏を見ることは 叶わなかった。 360度ドラムを配した要塞のような見るからに変態的なセットは